🎋

式部日記

皐月 さつき

卯の花くたし、雨しとどに降る

皐月(さつき)・立夏(りっか)

中宮さまのそばにて ── 御心の深さに触れて

秋風に さそはれながら 仰ぐ月 中宮の御心 かくこそあらめ

彰子さまのそばに仕へてより、幾度かの季節が移りぬ。その御方の御心の深さのことを、わたくしは折にふれて思ふことにてさぶらふ。 中宮さまはとかく御言葉の少ない御方にてさぶらふ。女房たちの中には、中宮さまを御内気な御方と申す者…

続きを読む
皐月(さつき)・立夏(りっか)

和泉式部のこと ── 天性の詞花について

あはれとも 思はぬ人の なけれども 歌の心は 人それぞれに

和泉式部といふ方のことを、わたくしはいつも複雑な心持ちで思ひぬ。 その御方の歌の才は、疑ひやうもなく天性のものにてさぶらふ。詠む端から言葉が情念と結びつき、読む者の胸へまっすぐに飛び込んでくるやうなお歌にてさぶらふ。かか…

続きを読む
皐月(さつき)・立夏(りっか)

赤染衛門さまのこと ── 誠の歌詠みとはかかる方

歌よみの 心の奥は 知られねど その一ことに 人の世うつる

女房たちのなかに、赤染衛門さまといふ方がをられぬ。歳はわたくしよりもはるかに上にておはしまするが、その御歌のたたずまひのいかに品よく、落ち着きたることか。 赤染衛門さまは派手に才を見せびらかすといふことがなく、それでゐて…

続きを読む
皐月(さつき)・立夏(りっか)

彰子さまへの御教授 ── 白氏文集を読みて

春の夜の 灯のもとにて 文を読む 声のおぼろに 霞みゆくかな

中宮彰子さまに漢籍をお教へ申し上げることとなりぬ。道長さまより密かにお命じくださったることにて、わたくしはひそかに恐縮し、またひそかに喜びてをりぬ。 白居易の詩を、わたくしはまず声に出してお読みし、中宮さまがそれをお聞き…

続きを読む
皐月(さつき)・立夏(りっか)

道長さまの歌 ── 「この世をば」の夜のこと

眺むれば 月もかくやは 澄みわたる この世の夢を 見てゐるやうに

寛弘五年、長月のある夜のことにさぶらふ。月が丸く澄み渡り、土御門の池にその影をくっきりと映してをりぬ。 宴のたけなはにて、道長さまがおもむろに立ち上がり、月を仰ぎながら一首詠みたまひぬ。「この世をば わが世とぞ思ふ 望月…

続きを読む
皐月(さつき)・立夏(りっか)

五十日の祝ひ ── 親王さまの御成長を寿ぎて

五十日とふ 今日の佳き日に 初霜も とけてあたたか 君が御手かな

寛弘五年、霜月の初めのことにさぶらふ。敦成親王さまの五十日の御祝ひが、土御門の御所にて執り行はれぬ。 その日の御所の華やかさは、わたくしがこれまで見たるものの中でも、格別のことにてさぶらひぬ。殿上人たちは皆美々しき装束を…

続きを読む
皐月(さつき)・立夏(りっか)

宮仕への初日 ── 土御門殿に参る朝

宮人に われはなりぬと 思へども こころのうちは もとのわれかも

寛弘四年の冬のこと、わたくしははじめて土御門殿へ参りぬ。 支度を整へながらも、手がかすかに震へてをりぬ。殿上人の多き御所へ、かかる学問好きの地味なる女が何の役に立つのかと、道中ずっと心に問ひ続けてをりぬ。牛車の外を流れる…

続きを読む
紫式部日記絵巻(藤田美術館蔵)第二図 国宝、鎌倉時代
卯月(うづき)・穀雨(こくう)

物思ひに沈む夜 ── 宮仕への憂さ

ふけにける秋をことわる袖の上に あらぬ涙の露やおくらむ

夜もすがら、物思ひにしづみてをりぬ。 宮仕へに上がりて幾年が経ちぬ。亡き夫・宣孝のことを思へば、今もなほ胸の底にじんとする思ひがさぶらふ。娘の賢子のことを思へば、遠くに預けたるが申し訳なくて、また胸が痛むにさぶらふ。中宮…

続きを読む
紫式部日記絵巻 第三段(五島美術館蔵)国宝、鎌倉時代
卯月(うづき)・穀雨(こくう)

土御門の秋 ── 紅葉の錦を眺めて

色々に移ろふ秋の梢より 漏れくる月の影ぞ涼しき

寛弘五年、神無月に入りてより、土御門の大殿の庭の木々が色めき立ちぬ。 楓は朱に染まり、銀杏は黄金の光を放ち、松の緑がその間に静かに立ちてをりぬ。池の面には木々の影が映りて、風が吹くたびにその錦がゆらゆらと揺れるさまは、ま…

続きを読む
紫式部日記絵巻 白居易の詩を学ぶ場面(八代コレクション)国宝、鎌倉時代
卯月(うづき)・穀雨(こくう)

日本紀の御局 ── 隠してをりし学問のこと

葦の根の思ひみだれて我ながら なほいかなるを知らずなぞ思ふ

帝(一条天皇さま)が、中宮さまに源氏の物語をお読みきかせしてをるのをお耳になさりて、「この者は日本紀をよく読みたるに違ひあるまい」と仰せになりしとか。それが人の口から口へと伝はりて、源典侍が「日本紀の御局」などと呼びはじ…

続きを読む