中宮さまのそばにて ── 御心の深さに触れて
彰子さまのそばに仕へてより、幾度かの季節が移りぬ。その御方の御心の深さのことを、わたくしは折にふれて思ふことにてさぶらふ。 中宮さまはとかく御言葉の少ない御方にてさぶらふ。女房たちの中には、中宮さまを御内気な御方と申す者…
卯の花くたし、雨しとどに降る
夏
彰子さまのそばに仕へてより、幾度かの季節が移りぬ。その御方の御心の深さのことを、わたくしは折にふれて思ふことにてさぶらふ。 中宮さまはとかく御言葉の少ない御方にてさぶらふ。女房たちの中には、中宮さまを御内気な御方と申す者…
和泉式部といふ方のことを、わたくしはいつも複雑な心持ちで思ひぬ。 その御方の歌の才は、疑ひやうもなく天性のものにてさぶらふ。詠む端から言葉が情念と結びつき、読む者の胸へまっすぐに飛び込んでくるやうなお歌にてさぶらふ。かか…
女房たちのなかに、赤染衛門さまといふ方がをられぬ。歳はわたくしよりもはるかに上にておはしまするが、その御歌のたたずまひのいかに品よく、落ち着きたることか。 赤染衛門さまは派手に才を見せびらかすといふことがなく、それでゐて…
中宮彰子さまに漢籍をお教へ申し上げることとなりぬ。道長さまより密かにお命じくださったることにて、わたくしはひそかに恐縮し、またひそかに喜びてをりぬ。 白居易の詩を、わたくしはまず声に出してお読みし、中宮さまがそれをお聞き…
寛弘五年、長月のある夜のことにさぶらふ。月が丸く澄み渡り、土御門の池にその影をくっきりと映してをりぬ。 宴のたけなはにて、道長さまがおもむろに立ち上がり、月を仰ぎながら一首詠みたまひぬ。「この世をば わが世とぞ思ふ 望月…
寛弘五年、霜月の初めのことにさぶらふ。敦成親王さまの五十日の御祝ひが、土御門の御所にて執り行はれぬ。 その日の御所の華やかさは、わたくしがこれまで見たるものの中でも、格別のことにてさぶらひぬ。殿上人たちは皆美々しき装束を…
寛弘四年の冬のこと、わたくしははじめて土御門殿へ参りぬ。 支度を整へながらも、手がかすかに震へてをりぬ。殿上人の多き御所へ、かかる学問好きの地味なる女が何の役に立つのかと、道中ずっと心に問ひ続けてをりぬ。牛車の外を流れる…
夜もすがら、物思ひにしづみてをりぬ。 宮仕へに上がりて幾年が経ちぬ。亡き夫・宣孝のことを思へば、今もなほ胸の底にじんとする思ひがさぶらふ。娘の賢子のことを思へば、遠くに預けたるが申し訳なくて、また胸が痛むにさぶらふ。中宮…
寛弘五年、神無月に入りてより、土御門の大殿の庭の木々が色めき立ちぬ。 楓は朱に染まり、銀杏は黄金の光を放ち、松の緑がその間に静かに立ちてをりぬ。池の面には木々の影が映りて、風が吹くたびにその錦がゆらゆらと揺れるさまは、ま…
帝(一条天皇さま)が、中宮さまに源氏の物語をお読みきかせしてをるのをお耳になさりて、「この者は日本紀をよく読みたるに違ひあるまい」と仰せになりしとか。それが人の口から口へと伝はりて、源典侍が「日本紀の御局」などと呼びはじ…