源氏物語

花宴(はなのえん)

土佐光信「花宴」源氏物語絵アルバム第8帖、ハーバード美術館所蔵(1509-1510年)
朧月夜に似るものぞなき

あらすじ

春の花の盛り、宮中で催された管弦の宴――花宴(はなのえん)。桜の白い花びらが夜風に舞ふ中、光源氏は帝の御前で詩を詠み、その才気と美貌で一座を魅了します。

宴が終はったのちの夜更け、源氏はひとり桜の木のもとをさまよひます。すると御簾の奥から美しい袖が見え、つい手を取ってしまひます。暗闇のなかで言葉を交はし、契りを結んだ相手が誰なのか、源氏にはわかりません。

夜が明けて源氏の手に残ったのは、女の扇ひとつ。その扇を手がかりに相手を探しますが、やがてその女性が右大臣の六の君・朧月夜(おぼろづきよ)であると知ります。朧月夜はのちに宮廷に入り、弘徽殿の女御の妹として源氏の政敵の側に属することになります。この出会ひが、のちに源氏の須磨流謫の遠因のひとつとなるのです。

「朧月夜」── 霞む月の夜に

この帖で生まれた女性「朧月夜」の名前は、彼女自身が口ずさんでゐた歌の一句から来てゐます。

朧月夜に 似るものぞなき

「朧月夜に似るものはない(美しいものはない)」――彼女はこの一句を口ずさみながら歩いてゐた。源氏はその声に引き寄せられたのです。霞がかかった春の月のやうに、ぼんやりとして捉へどころのない、しかし確かな美しさ。それが朧月夜といふ女性の本質を言ひ表してをります。

登場人物

朧月夜(おぼろづきよ)

右大臣の六の君。弘徽殿の女御の妹にあたり、やがて宮廷に入内する予定の姫君。奔放で明るい気性の持ち主。源氏とは一夜の出会ひながら、その後も深い縁が続く。源氏の政敵・右大臣家の娘でありながら、源氏への思ひが断ち切れない。

弘徽殿の女御(こきでんのにょうご)

朧月夜の姉。帝の女御で、源氏の存在を疎ましく思ふ。右大臣家の実力者として源氏の運命に大きく関はる。

運命の出会ひの皮肉

わたくしは、この帖の出会ひに、運命の皮肉を込めました。源氏が暗闇の中で見つけた美しい声の主が、よりによって政敵の娘だったとは。しかし人の心は道理では動きません。

朧月夜との縁は、源氏にとって甘美でありながら、のちに大きな代償を求めることになります。春の夜の桜のやうに美しく、そしてはかなく散っていく縁――この帖はその始まりです。


『源氏物語』第八帖「花宴」
── 紫式部 謹んで記す