帝(一条天皇さま)が、中宮さまに源氏の物語をお読みきかせしてをるのをお耳になさりて、「この者は日本紀をよく読みたるに違ひあるまい」と仰せになりしとか。それが人の口から口へと伝はりて、源典侍が「日本紀の御局」などと呼びはじめぬ。
わたくしはいたく恥づかしく、また心もとなき思ひがしてをりぬ。父が「これが男の子であったならば」と嘆いてをられたのは、娘のわたくしが漢籍を父よりも速く諳んじてしまふからにさぶらひぬ。さやうな育ちゆゑ、漢字の読み書きも、歴史書の読み方も、をのづと身についてをりぬ。
されど、女が学問を見せることは、この世にあってはよろしからぬことにさぶらふ。わたくしは宮仕へに上がりてより、知らぬふりをすることにて日々を過ごしてをりぬ。文の返しひとつにも、才をひけらかさぬやうにと気をつけてをりぬ。
それがいつしか帝のお耳に入り、「日本紀の御局」と呼ばるるやうになりぬ。名誉のやうにも聞こえるが、わたくしには何か的外れな名のやうにもさぶらふ。わたくしが書きたいのは歴史ではなく、人の心にさぶらふ。帝のご政道でもなく、女の心の揺れにさぶらふ。
学問は刀のやうなものにて、見せれば恐れられ、隠せば錆びる。わたくしはその刀を、物語といふ鞘に収めて、ひそかに磨き続けてをりぬ。「日本紀の御局」と呼ばれようとも、わたくしは源氏の物語を書き続けるにさぶらふ。それがわたくしの刀の使ひ方なり。