あらすじ
朱雀院の行幸(みゆき)に際して催された盛大な管弦の宴、それが「紅葉賀」の帖の舞台です。紅葉の錦に彩られた秋の園で、光源氏は頭中将とともに「青海波(せいがいは)」を舞います。その美しさは見る者すべての心を奪ひ、まるで天人が舞ひ降りたかのやうだと称えられました。
宴の後、源氏の心は藤壺の宮へと向かひます。藤壺の宮はこのとき、源氏との禁断の逢瀬の結果として御子を身ごもってをられました。その秘密を胸に抱えたまま、源氏は輝かしい舞の衣装をまとって宴に臨んでゐたのです。
やがて藤壺の宮は御子をお産みになります。その御子の面差しは光源氏によく似てをり、帝(藤壺の宮の夫)はそれを我が子と信じて深く喜ばれます。源氏と藤壺の宮だけが、この秘密の重さを知ってをります。
「青海波」── 舞の場面
「青海波」は雅楽の演目のひとつ。波のやうに広がる衣装の袖、紅葉の散る中で舞ふ源氏の姿は、この帖でもっとも視覚的に美しい場面のひとつです。
頭中将もともに舞ひましたが、その美しさは源氏のそれに遠くおよばないと描かれてをります。月が傾くころ、源氏の舞はいよいよ冴えわたり、見る者は涙をこぼしたといひます。
神のまにまに 散りぬべらなり
宴の後、藤壺の宮に仕へる王命婦が詠んだとされる歌。「いつでも、大内山の紅葉は神の御心のままに散ってしまふ」――盛りのものが散るはかなさと、秘密の恋の危うさが重なります。
登場人物
藤壺の宮(ふじつぼのみや)
源氏の継母にして、帝の愛妃。源氏との禁断の逢瀬の結果、御子を身ごもる。その秘密は物語の核心をなす。のちにこの御子が冷泉帝となり、藤壺は国母となる。
頭中将(とうのちゅうじょう)
源氏の親友。ともに「青海波」を舞ふが、その美しさは源氏には及ばないとされる。源氏と何かと競ひながらも、友情を保ち続ける。
輝きの裏の罪
わたくしは、この帖を書きながら、光と影の対比を強く意識しました。紅葉の宴での輝かしい舞と、その心の奥にひそむ禁断の罪。誰もが源氏の美しさを称えるとき、源氏自身は身の震えるやうな秘密を抱へてゐる。
栄光と罪は、いつも寄り添ってをります。光源氏の輝きは、この帖においてすでに翳りの種を宿してゐるのです。
『源氏物語』第七帖「紅葉賀」
── 紫式部 謹んで記す