寛弘五年、霜月の初めのことにさぶらふ。敦成親王さまの五十日の御祝ひが、土御門の御所にて執り行はれぬ。
その日の御所の華やかさは、わたくしがこれまで見たるものの中でも、格別のことにてさぶらひぬ。殿上人たちは皆美々しき装束を召され、女房たちも思ひ思ひの色目に装ひて、廊も庭も人の波にあふれてをりぬ。
親王さまへの御祝ひの餅を、道長さまが御自ら捧げたまひぬ。その御手のいかにも恭しきこと、見てゐるこちらが胸にじわりと熱きものを感じぬ。権勢のかぎりを尽くせる大臣が、幼き親王さまの前にかくも謙り、かつ喜ばれるとは、と思ひて、人の情のあはれさをまた感じぬ。
中宮彰子さまは御回復もおできになり、いくらか御顔に血の気も戻りておられぬ。親王さまを御腕に抱かれてゐる御姿の、なんと尊く穏やかなることか。その御顔はすでに母君のお顔にて、わたくしは御前にありながら、しばらく言葉を忘れてをりぬ。
夜になりても宴は続き、管弦の音、人々の笑ひ声、御所中が喜びに包まれてをりぬ。わたくしはその隅にて酒の杯をかたむけながら、この夜のことをきっと忘れじと心に刻みぬ。親王さまのこれからの御世がいかなるものとなるか、誰にも知れぬことながら、この夜だけはただ美しかりぬ。