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式部日記

赤染衛門さまのこと ── 誠の歌詠みとはかかる方

歌よみの 心の奥は 知られねど
その一ことに 人の世うつる

女房たちのなかに、赤染衛門さまといふ方がをられぬ。歳はわたくしよりもはるかに上にておはしまするが、その御歌のたたずまひのいかに品よく、落ち着きたることか。

赤染衛門さまは派手に才を見せびらかすといふことがなく、それでゐてひと言をお詠みになれば、その言葉がふわりと心の中に落ちてくるやうなお歌にてさぶらふ。歌といふものはかかるものかと、わたくしは傍らにてひそかに学ぶことが多かりぬ。

わたくしの歌はともすれば理が勝りすぎ、または感情が先走りすぎる。されど赤染衛門さまの歌には、そのいずれもなく、ただ静かに世の情けが満ちてをる。長年のご経験がそのやうな深みをお作りになったのかと思ひて、羨ましいやら、遠い道のりを感じるやら。

あるとき御所の庭の水無月の花を見ながら、赤染衛門さまがふと一首お詠みになりぬ。その御声のおだやかなること、詠みおはったる後の御沈黙のうつくしきこと。わたくしはその場でうまく返歌もできずただ聞き惚れてをりぬ。

才といふものは、かくも静かに、かくも深くあり得るものかと。お会ひするたびにわたくしはそのことを思ひ、また少し自分の歌が恥づかしくなりぬ。