あらすじ
梅雨の夜、宮中の宿直所に集まった若い貴公子たち――光源氏、頭中将、左馬頭、藤式部丞の四人が、雨の音を聞きながら語り合ひます。話題はやがて女性論へと移り、「雨夜の品定め」と呼ばれる名高い品評会が始まります。
頭中将は「上の品」「中の品」「下の品」と女性を品定めし、それぞれの体験談を語ります。容貌よりも心ばへ、才能よりも誠実さ、華やかさよりも奥ゆかしさ――貴公子たちの語る女性理想像は、時に辛辣に、時に哀愁を帯びて語られます。源氏は黙って聞いてゐますが、その心のうちにはひとりの女性の面影が宿ってをります。
翌朝、源氏は継母・空蝉の夫の邸に赴き、偶然その妻・空蝉を垣間見てしまひます。源氏の恋心に火がつく瞬間です。「帚木」の帖は、この現実の恋の予兆と、男たちの女性論が交差する、物語に深みを与へる名帖です。
「帚木」の名の由来
帚木とは、信濃国(現在の長野県)の伝説の木のこと。遠くから見ると帚のやうな形をしてゐるのに、近づくと見えなくなるといはれました。源氏が空蝉に対して詠んだ歌に、この木が詠み込まれてをります。
道にあやなく まどひぬるかな
「帚木の本心も知らないまま、その原の道に迷ひ込んでしまった――」。見えてゐながら近づけぬ女心の喩へとして、この木の名が帖名になりました。
登場人物
頭中将(とうのちゅうじょう)
源氏の親友にして義兄。源氏の正妻・葵の上の兄にあたる。才気煥発で社交的な人物で、雨夜の品定めでは積極的に語る。源氏と何かと張り合ひながらも、生涯の友として物語を彩る。
左馬頭(ひだりのうまのかみ)・藤式部丞(とうのしきぶのじょう)
宿直所に居合はせた中堅貴族たち。それぞれ実体験をもとに女性談義を繰り広げ、「雨夜の品定め」に深みを加へる。
「雨夜の品定め」── 人の世の縮図
男たちが夜通し語る女性論は、単なる品評会を超えて、当時の社会における女性の置かれた立場、愛の形、嫉妬と忠節の問題を映し出します。
左馬頭が語る「嫉妬深い女」と「献身的すぎる女」、頭中将が語る「夕顔」との逃避行のやうな恋――これらの話は、のちの物語展開への伏線となってをります。
わたくしは、この帖を書きながら、男性たちの目に映る女性像と、女性自身が生きる現実のあひだにある深い溝を思はずにはゐられませんでした。品定めされる側の哀しさ、それでも懸命に生きようとする女心の強さ。その両方を、この物語に込めたのです。
『源氏物語』第二帖「帚木」
── 紫式部 謹んで記す