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式部日記

道長さまの歌 ── 「この世をば」の夜のこと

眺むれば 月もかくやは 澄みわたる
この世の夢を 見てゐるやうに

寛弘五年、長月のある夜のことにさぶらふ。月が丸く澄み渡り、土御門の池にその影をくっきりと映してをりぬ。

宴のたけなはにて、道長さまがおもむろに立ち上がり、月を仰ぎながら一首詠みたまひぬ。「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」。その声は静かなれど、御所のどこまでも通り渡り、居並ぶ公卿たちは皆しんと静まり返りぬ。

わたくしはその歌を聞きながら、これほど大きな自負の言葉を、かくも自然に詠める方があるものかと、ただ驚きてをりぬ。満月のやうに満ちたこの御世を、わが世と断言してはばからぬその御心の大きさ。されど同時に、満月はやがて欠けるものとの摂理もまた脳裏をよぎり、わたくしはひとり胸のうちに一抹の寂しさを覚えぬ。

月はたしかに美しく、その夜は風も穏やかにて、すべてが道長さまの御歌を寿ぐかのやうにて候ひぬ。公卿たちの称賛の声が上がり、宴はさらに華やいでゆきぬ。されどわたくしは池に映る月の影の方へと目を向けながら、影とはつねに本体より儚きものにてと、ひとり思ひをめぐらせてをりぬ。

人の栄華といふものは、かくも月に似てをるものかと。それがいつまでも続くと信ずる者には永遠に見え、知れる者には儚く映る。わたくしはその夜の道長さまの御歌を、長く胸のなかに持ち続けることになりぬ。