源氏物語

竹河(たけかわ)

土佐光信「竹河」源氏物語絵アルバム第44帖、アーサー・M・サックラー美術館所蔵(1509-1510年)
竹河の橋うちわたし君を見む
日をこそいへど暮れぬけるかな

あらすじ

「竹河」は玉鬘の子どもたちの物語でございます。あの波乱の末に髭黒の大将の妻となった玉鬘が、今や子どもたちの婚活を采配する母親として登場します。

玉鬘の娘・大君(おほいきみ)は、薫や匂宮から求愛を受けます。薫は誠実に、匂宮は華やかに大君に恋文を送ります。しかし玉鬘はより高い縁組を求め、娘を東宮のもとへ入内させることを画策します。その戦略は見事に実り、大君は東宮妃となり、玉鬘家の栄光がふたたび輝きます。

催し物として「竹河」の歌を舞はせる場面から帖名が付きました。竹が川辺に生ひ茂り、橋がかかる情景は、人と人とを結ぶ縁のやうでもございます。薫にとっては叶はなかった恋でしたが、この体験が後の宇治の姫君たちへの深い愛着の素地となりました。

登場人物

玉鬘(たまかずら)

若き日の波乱を経て、今は娘たちの後見に全力を注ぐ賢母。東宮への入内という高い目標を設定し、それを実現させる。源氏に似た戦略的な眼を持つ。

薫(かをる)

玉鬘の大君に真摯な恋心を抱くが、縁はつながらなかった。この経験が薫の恋愛観をより複雑にしてゆく。

匂宮(においのみや)

華やかに求愛するが、玉鬘に軽くあしらはれる。しかし匂宮の多情な性格はここでも健在で、物語に賑やかさをもたらす。

竹河の歌 ── 橋の向こう

竹が茂る川辺の橋を渡るやうに、縁を結ぼうとする恋心が歌に詠まれます。

竹河の橋うちわたし君を見む
日をこそいへど暮れぬけるかな

「竹河の橋を渡ってあなたに逢ふ日を約束したのに、日が暮れてしまったことよ」――逢ふと約束した日に逢へなかった切なさ。縁が結ばれそうでつながらない、そのもどかしさが竹の橋のやうに細く頼りなく描かれてをります。

物語の意義 ── 玉鬘の完結

「竹河」は玉鬘という人物の物語の締めくくりでもございます。六条院で源氏に養はれた美しい娘が、今は自分の娘を宮中へと送り出す側に立つ。物語は螺旋を描きながら続きます。

竹は曲がらずまっすぐに伸びます。玉鬘の生き方のやうに、逆境の中でも芯を失はぬ強さを、この帖の竹はひそかに讃へてをります。


『源氏物語』第四十四帖「竹河」
── 紫式部 謹んで記す