あらすじ
この帖は宇治十帖の少し前に置かれた、小品のやうな帖でございます。主役は「紅梅の大納言」と呼ばれる人物――亡き柏木の弟にあたります。かつて玉鬘に恋した若者が、今は中年の大納言となり、継子たちを抱へて暮らしてをります。
紅梅の大納言には前妻の子(大君、中の君)と、後妻(真木柱)の連れ子があります。薫や匂宮が大納言邸に出入りするやうになり、そこで娘たちへの関心を示します。物語全体の大きな流れの中では脇道のやうな帖ですが、春の紅梅の美しさと、次世代の恋の予感とが淡く漂ひます。
亡き柏木の血を引く一族が、春の庭で紅梅の下に集ふ。柏木が起こした罪の連鎖は、世代を越えてなほ物語に色を添へてをります。
登場人物
紅梅の大納言(こうばいのだいなごん)
亡き柏木の弟。春の紅梅の庭を愛し、子どもたちの婚活に心を砕く。かつての恋の記憶を抱へながら、今は穏やかな中年の貴族として描かれる。
薫(かをる)
紅梅邸に出入りし、大納言の娘たちに関心を示す。しかし薫の心はすでに宇治の八宮の姫君たちへと向かひつつある。
紅梅の歌 ── 霞の晴れ間
春の庭で紅梅が咲き乱れ、霞が立ち込める中、歌が詠まれます。
紅の花ぞあやなく見ゆるかな
春の霞の晴れ間なければ
春の霞の晴れ間なければ
「紅の花(紅梅)がはかなく見えることよ、春霞の晴れ間がないので」――霞の中に咲く紅梅は、はっきりとは見えない。しかしその朧な美しさがかへって心を惹きつける。はっきりとは見えぬからこそ美しい、次世代の恋の予感がこの一首に重なります。
物語の意義 ── 脇道の美
「紅梅」は源氏物語の中でも地味な帖でございます。しかし主人公が脇に寄っていく瞬間にこそ、物語の奥行きが感じられることがあります。
紅梅の下に集ふ人々の声が、春の霞の向かうに聞こえてくるやうな、柔らかな帖でございます。
『源氏物語』第四十三帖「紅梅」
── 紫式部 謹んで記す