源氏物語

玉鬘(たまかずら)

土佐光信「玉鬘」源氏物語絵アルバム第22帖、アーサー・M・サックラー美術館所蔵(1509-1510年)
たまかずら いかなる筋を尋ね来て
花橘に宿りそめけむ

あらすじ

ここから玉鬘系列と呼ばれる一連の帖が始まります。物語の中に、新しい風が吹き込んでくるやうな感覚でございます。

亡き夕顔の君と頭中将(後の内大臣)との間に生まれた姫・玉鬘は、母が若くして世を去った後、乳母一家に連れられて九州・筑紫へと下りました。そこで十数年を過ごした玉鬘は、今や美しい娘へと成長してをります。しかし筑紫では、地方豪族の大夫の監(たいふのげん)が執拗に求婚してきて、玉鬘は身の危険を感じてをりました。

玉鬘は乳母一家とともに、都への上京を決意します。まず長谷寺(初瀬)に詣でて、将来を祈ります。その帰路、大津の宿でひとりの女性と偶然出会ひます。右近――かつて夕顔の君に仕へた侍女でございました。十数年ぶりの再会に、ふたりは抱き合って泣きます。

右近は今や源氏の六条院に仕へる身。右近の仲立ちで、玉鬘は源氏の君のもとへ引き取られます。源氏の君は、亡き夕顔の形見として玉鬘を慈しみます。六条院に迎へ入れ、自らの娘として世話をすることにしたのでございます。玉鬘の名は、源氏が彼女を迎へた際に詠んだ歌「たまかずら」に由来します。

しかし――源氏の君の胸の中に、養父としての情愛だけではない何かが、少しずつ芽生へ始めてをりました。夕顔に面影の重なる玉鬘の美しさが、源氏の過去の恋を呼び覚ますのでございます。それを知ることになるのは、もう少し先の話でございますが。

登場人物

玉鬘(たまかずら)

夕顔と頭中将の遺児。母ゆずりの美貌と、逆境の中で育んだ聡明さを持つ。筑紫の田舎育ちながら天性の気品を持ち、六条院に迎へられてからも決して引けを取らない。これから先の帖の主役として、多くの男性の視線を集めることになる。

右近(うこん)

夕顔の君の侍女として仕へ、主人の死後も忠実に生き続けた。長谷寺の帰路に玉鬘と再会し、震へながら抱き合ふ場面は源氏物語でも指折りの感動的な場面。玉鬘と源氏を繋ぐ橋渡し役を果たす、縁の深い女性。

光源氏(ひかるげんじ)

亡き夕顔への愛惜から玉鬘を引き取るが、その純粋な養父心に少しずつ別の感情が混じり始める。自分でも気づかぬうちに揺れてゆく源氏の心が、この系列の悩ましい面白さでもある。

大夫の監(たいふのげん)

九州の豪族。粗野な求婚で玉鬘を苦しめ、彼女の逃避行の直接の原因を作る。洗練の対極にある人物として描かれ、都の雅と地方の荒々しさの対比を際立たせる。

橘の宿 ── 命名の歌

六条院に引き取られた玉鬘を前に、源氏の君は感慨を込めて歌を詠みました。

たまかずら いかなる筋を尋ね来て
花橘に宿りそめけむ

「玉鬘よ、どのやうな縁の糸を手繰り寄せて、この橘の花咲く宿(六条院)に初めて落ち着いたのだらうか」――源氏の君の歌でございます。「玉かずら」は、玉飾りのついた冠の意。この歌の「たまかずら」から、姫の名が定まったとされてをります。縁あって出会ひ、縁あって引き合はされた。その不思議な巡り合はせを、源氏の君は橘の香りに重ねて詠み込んだのでございます。

物語の意義 ── 縁といふ力

「玉鬘」の帖は、縁の物語でございます。母の死によって引き離されながら、長い年月を経て、初瀬の帰路にひとりの女性と出会ふ。その出会ひが、玉鬘の運命を大きく変へました。

源氏物語は縁の物語です。誰かが誰かを思ふことで、その思ひがやがて別の誰かの運命を動かす。夕顔が産み落とした命が、こんなにも遠い旅の末に源氏のもとへ辿り着く。その必然とも偶然とも取れる縁の糸を、わたくしは「たまかずら」の名に込めてをります。


『源氏物語』第二十二帖「玉鬘」
── 紫式部 謹んで記す