寛弘五年、長月の十五夜なり。中宮さまの御所にて、女房たちと月を眺めてをりぬ。
今宵の月のいと明かきこと、まことに言の葉にも尽くしがたし。庭の白砂に映りたる月影は、さながら水面のごとく揺らめきて、虫の音ばかりが静けさを際立たせぬ。
左衛門の内侍が「清少納言ならば、この月をいかに書きたまふらむ」と問ひければ、わたくしは答へに窮しぬ。かの人の筆は、物事をぱつと明るく切り取りたまふが、わたくしの筆はただ心の奥底に沈みゆく思ひを掬ひ取るばかりなり。
されど、この月の美しさを前にして、何も書き留めずにをるは惜しきことと思ひ、筆を取りぬ。月は何も語らねど、見る者の心を映す鏡のごときものなり。わたくしの心に映りし月は、どこか寂しげにて、それでゐて限りなく優しきものなりけり。