源氏物語

蓬生(よもぎう)

土佐光信「蓬生」源氏物語絵アルバム第15帖、ハーバード美術館所蔵(1509-1510年)
年経れど恋しき色は変はらじを
荒れにし宿にまづ咲く梅かな

あらすじ

源氏の君が須磨へ旅立ってから、幾年かが過ぎました。かつて源氏が情けをかけ、末摘花と呼ばれた姫君の屋敷では、時がほとんど止まったやうに見えます。父の常陸の宮が亡くなり、後ろ盾を失った屋敷は荒れるにまかされ、庭は蓬(よもぎ)や葎(むぐら)が生ひ茂り、夏草の海と化してをりました。

侍女たちはひとり去り、ふたり去り、やがて屋敷には末摘花の姫と、数少ない忠義の者だけが残ります。困窮のあまり、蔵の物を売り、衣を質に入れ、食べるものにも事欠く有様でした。それでも姫は源氏の訪れを信じて疑はず、みづから針を持って衣を縫ひ、ひたすら待ち続けます。

都に帰還した源氏の君は、昔の縁のある女人たちを次々に訪ねます。末摘花の屋敷の荒廃ぶりを耳にして胸を痛めた源氏は、ある月夜にその邸へと足を向けます。蓬の中に朽ちかけた門が見えてきます。しかし門の中には、変はらぬ姿で待ち続けた姫がをりました。

源氏の君は荒れ果てた屋敷に胸を刺されながら、長年この姫を訪れなかったことへの申し訳なさと、変はらぬ誠実さへの感動を覚えます。末摘花の屋敷の修繕を約束し、これからは面倒を見てゆくことを改めて誓ひます。

登場人物

末摘花(すえつむはな)

赤い鼻と不器量な容貌で知られる姫君。しかしその心根は純粋で、源氏を待ち続けた一途さは比べるものがない。流行に疎く不器用でありながら、貞節と誠実さにおいては誰にも劣らない。源氏物語の中で最も「笑ひながら泣ける」女人。

光源氏(ひかるげんじ)

都に帰還し、かつての縁を思ひ出して末摘花の屋敷を訪ねる。長年放置してしまったことへの罪悪感と、変はらぬ姫の健気さへの感動が入り交じる。栄華の中にあっても、かうした小さな縁を大切にする源氏の君の人格が際立つ帖。

侍女たち

窮乏のあまり屋敷を去ってゆく者、身売りに近い境遇に落ちる者と、それぞれに悲しい運命を辿る。しかし忠義の侍女だけは最後まで姫のそばに留まり、この物語の人情の温かさを示す。

荒れ庭の月 ── 待つ心の歌

月の光が蓬の野原と化した庭に降り注ぎます。かつて丹念に手入れされた庭の面影もなく、ただ草の穂がさわさわと夜風に揺れるばかり。そこに変はらぬ姿の姫がをります。

年経れど 恋しき色は 変はらじを
荒れにし宿に まづ咲く梅かな

「年月が経っても、恋しい人への想ひの色は変はるまいと思ってゐた。荒れ果てた宿に、それでもまづ梅が咲くやうに」――源氏の君が荒れた庭の片隅に梅の白い花を見つけて詠んだ一首でございます。荒廃の中に変はらぬものを見出す目が、この帖の核心にございます。

蓬の屋敷 ── ユーモアと哀愁

末摘花の姫は源氏物語の中でも、ひときは親しみやすい方でございます。わたくしは意図してユーモアを込めました。不器量で流行遅れ、贈り物のセンスも一癖ある方ではありますが、その一途さと朴訥な誠実さに、読む者は自然と微笑みながら涙ぐんでしまひます。

蓬の茂る庭に佇む姿は滑稽でもあり、哀れでもあります。しかしその姿こそが、源氏物語における「待つ女人」の極致と言へましょう。華やかな藤壺や紫の上ではなく、かういふ姫にこそ、人の世の真実の一端が宿ってをります。

物語の意義 ── 変はらぬものの美しさ

「蓬生」の帖は、栄華や才気より「変はらぬこと」の価値を静かに語ります。世の中が移ろひ、人が去り、屋敷が朽ちてゆく中で、姫のひとり待ち続ける姿は、それ自体がひとつの美の形でございます。

荒れ庭の蓬は雑草でありながら、月の光の中では銀の野に見えます。報はれなかった時間さへも、見る角度を変へれば美しい。それがわたくしの込めた意でございます。


『源氏物語』第十五帖「蓬生」
── 紫式部 謹んで記す