寛弘五年、神無月に入りてより、土御門の大殿の庭の木々が色めき立ちぬ。
楓は朱に染まり、銀杏は黄金の光を放ち、松の緑がその間に静かに立ちてをりぬ。池の面には木々の影が映りて、風が吹くたびにその錦がゆらゆらと揺れるさまは、まことにこの世の絵のごときにさぶらふ。
殿はこのやうな庭を作らせるに、いかほどの年月をかけられたことにさぶらふか。石のひとつひとつ、木の植ゑられたる場所、池の曲がり具合まで、すべてに殿の目が行き届いてをるやうに見ゆる。権勢ある方の美への執念と申すべきか、それとも美しきものへのまことの愛と申すべきか。
夕暮れ時、月が昇りはじめると、紅葉の梢の間から月の光が漏れ出でて、庭に細い光の筋をいくつも描きぬ。その涼しき光の中に、秋の終はりの気配がそっとひそんでをりぬ。
女房たちはめいめいに縁に出て、思ひ思ひの歌を詠みをりぬ。わたくしは少し離れたところから、その人々の姿と庭の紅葉とを、同時に眺めてをりぬ。美しい庭の中に人がをると、庭もいっそう深みを帯びる。人の顔の色と紅葉の色とが重なりて、この瞬間がただ美しくあればよい、とわたくしは思ひぬ。
されどこの美しさとて、やがては散りぬ。月も変はり、庭の木々も冬を迎ふる。変はらぬものは何もなく、ゆゑにこそ今この刹那の色が胸に迫るのかもしれず。わたくしの物語もまた、さやうな刹那の積み重ねにさぶらふ。