あらすじ
宇治十帖の核心となる悲劇が、この帖に凝縮されてをります。薫は大君への深い愛を幾度も訴へますが、大君は頑なに拒み続けます。理由は明かされませんが、大君には自らが世俗の縁を結ぶことへの深い諦念があるやうでございます。亡き父・八宮の言葉「世間の縁に関はるな」が、彼女の心に根深く刻まれてをります。
大君は薫に対して不思議な提案をします。「私の代はりに、妹の中の君を」と。こうして中の君と匂宮の縁が作られますが、匂宮は果たして中の君に誠実であり続けるかどうか――大君はその不安も抱へながら、妹の幸せを祈ります。
八宮が宇治で静かに世を去りました。ふたりの姫君は宇治の山荘に取り残され、寄る辺のない身となります。大君は悲嘆のあまり心の病を得て、やがて秋の終はりとともに、静かに息を引き取ります。薫の愛は最後まで届かぬまま。
「総角(あげまき)」とは、子どもの髪型の名でもあり、糸を幾重にも結んだ形でもあります。解けそうで解けない縁の結び目のやうな、薫と大君の哀しい絆がこの帖に刻まれてをります。
登場人物
大君(おほいきみ)
宇治十帖最大の悲劇的ヒロインのひとり。誰よりも心が深く、誰よりも孤独に死んでゆく。薫の愛を受け入れることができなかったのは弱さではなく、深すぎる決意だったのかもしれない。
薫(かをる)
大君への愛が叶はぬまま彼女を失ふ。その喪失は薫の残りの人生を呪縛し続ける。大君の面影をつね求める薫の姿は、宇治十帖全体を貫く哀しみの主題となる。
中の君(なかのきみ)
大君の計らひで匂宮と結ばれるが、匂宮の多情さに不安を抱へる。大君亡き後、姉への思慕と、自らの境遇の不安定さの間で揺れ続ける。
総角の歌 ── 神のみぞ知る縁
薫は大君への変はらぬ想ひを歌にします。
長き契りを神やしるらん
「幾重にも結ばれて絶えることのないこの心の「総角」(結び目)に、長い契りを神は知ってゐるだらうか」――解けぬ縁の結び目を「総角」に喩へ、神に問ひかける薫の一首でございます。神は知っているのに、それでも大君は答へてくれない。その哀しみが問ひのかたちに込められてをります。
物語の意義 ── 愛と孤独の極致
「総角」は宇治十帖の中でも最も深い哀愁を持つ帖でございます。大君の死は、薫が望んでも届かなかった最初の喪失であり、以後の薫の生涯の翳りの原点となります。
なぜ大君は愛を受け入れなかったのか。その問ひに正確な答はございません。ただ、人の心の深淵には、愛されながらも愛を拒まずにはゐられない場所があることを、紫式部は静かに示してをります。
『源氏物語』第四十七帖「総角」
── 紫式部 謹んで記す