あらすじ
源氏の息子・夕霧は、父とは対照的に、謹厳実直で一途な性格の持ち主です。幼馴染みであり親友・柏木の未亡人・落葉の宮(おちばのみや)のことを、柏木の遺言により後見することになります。
しかし夕霧の心には、やがて落葉の宮への恋心が芽生へます。彼は文を送り、訪問を重ね、思ひを打ち明けますが、落葉の宮はこれを頑なに拒みます。夕霧の正妻・雲居雁(くもいのかり)は夫の行動に気づき、激しく嫉妬し家を出てしまひます。
夕霧は父・源氏の面影をその行動に宿しながらも、源氏とは異なる生き方をします。一途で不器用な愛の形が、この帖の核心です。
夕霧── 朝の霧に喩へられた名
夕霧は夕べの霧、淡く、ゆっくりと漂ふもの。その名のやうに、夕霧の恋も、にはかに燃え上がるのではなく、じわじわと心の奥に広がってゆきます。
たつた山なる 松の下露
夕霧が落葉の宮に贈った歌のひとつ。山の松の下に静かに溜まる露のやうに、言葉にできない思ひが積もってゆく情景が詠まれてをります。
登場人物
夕霧(ゆうぎり)
源氏と葵の上の息子。学問にも政務にも優れた人物で、父・源氏の放埒さとは異なり、堅実で誠実な性格。しかしひとたび恋に落ちれば一途で、それが新たな悲劇を生む。
落葉の宮(おちばのみや)
朱雀院の娘で、柏木の未亡人。「落葉」の名のとほり、秋の哀しみをまとったやうな女性。夕霧の思ひを受け入れることも、完全に拒みきることもできず、揺れ続ける。
雲居雁(くもいのかり)
夕霧の正妻。幼い頃から夕霧を一途に待ち続けた女性で、落葉の宮への夫の恋心に激しく傷つき、実家に帰る。その嫉妬は純粋な愛ゆゑのものだ。
父と子、恋の形の違ひ
わたくしは、夕霧を書くにあたり、父・源氏との対比を強く意識しました。源氏はあまたの女性に心を傾け、誰もを大切にしながら誰もを傷つけた。夕霧はただひとりの女性に一途に執着し、それが別の女性を深く傷つけた。
どちらの愛し方も、完全ではない。それが人の世の恋といふものなのかもしれません。
『源氏物語』第三十九帖「夕霧」
── 紫式部 謹んで記す