あらすじ
長い病の末、紫の上はこの世を去る決意をされたやうでございます。出家を望みながら源氏に許されなかった紫の上は、法華経の写経に精進し、御仏に一身を委ねます。夏には法華経の法会を催し、明石の中宮(かつての明石の姫君)やゆかりの方々が集まります。
しかし秋になって、紫の上の病はふたたび重くなります。明石の中宮が見舞ひに訪れ、紫の上の傍らで夜を過ごします。その夜、宮が少し庭に目をやった隙に、紫の上は静かに、露が消えるやうに息を引き取りました。
源氏は泣き崩れます。三十年以上をともに過ごした最愛の人の最期に、源氏はただ抱きしめることしかできませんでした。紫の上を失った源氏の嘆きは、以後の帖で描かれる「幻」の帖へとつながります。
秋の荻に吹きつける風、そしてそれに揺れて散る露――紫の上の最期の歌はその情景を詠んでをります。読む者の胸を千年の時を超えて揺さぶる、源氏物語最高の場面のひとつでございます。
登場人物
紫の上(むらさきのうえ)
源氏物語最高の女主人公。気品と賢さを持ち、源氏に最も深く愛された女人。出家を許されぬまま仏道に帰依し、秋風の中で露のやうに逝く。その死が源氏の残りの命を照らし続ける。
光源氏(ひかるげんじ)
最愛の人の死に打ちのめされる。これまで多くの女人を愛してきた源氏だが、紫の上の不在がいかに大きかったかは、これ以後の孤独な日々が証明する。
明石の中宮(あかしのちゅうぐう)
母代はりの紫の上の最期を看取る。その深い哀しみの中にも、宮としての品格が保たれてゐる。
御法の歌 ── 荻の上露
紫の上が最期の日々に詠んだ歌でございます。
風に乱るる荻の上露
「置くと見るほどに儚く、ともすれば風に乱れて散る荻の上の露」――「置く」は「露が置く(宿る)」と「この世に置く(留まる)」との掛詞でございます。自らの命の儚さを、風に揺れて今にも散れさうな荻の露に喩へた一首。これ以上の辞世の歌があるでせうか。
源氏は答へます:
誰れかは露と知らで過ぐさん
「秋風にしばしも留まらぬ露のやうな世を、誰が露(儚いもの)と知らずに過ごせようか」――紫の上の歌を受け、自らの命も同じ露であると詠む。ふたりの最後の歌の交はしが、千年を超えて読む者の胸に届きます。
物語の意義 ── もののあはれの極致
「御法」の帖は、源氏物語が謳ひ続けてきた「もののあはれ」の極致でございます。美しいものは必ず失はれる。愛したものは必ず逝く。その真理の前に、栄華も才知も権力も、何の力も持ちません。
紫の上の死は、源氏の物語の実質的な終幕でもございます。以後の帖「幻」で源氏は一年の記憶を辿り、やがてその消息は絶える。「御法」は終はりの始まりでございます。しかしその終はりの美しさたるや――。
『源氏物語』第四十帖「御法」
── 紫式部 謹んで記す